在宅医療アドバイス


専門職種各エキスパートからのアドバイス

在宅療養を続けるためのポイント

医療法人社団つくし会 新田クリニック
副院長 在宅療養事業部長  宮﨑 之男先生

昭和58年京都大学医学部卒業。専門:神経内科。
昭和61年~平成3年東京都立神経病院神経内科にて神経難病を中心とした神経内科臨床に従事。平成3年~平成7年京都大学大学院医学研究科。平成7年~平成10年カリフォルニア大学サンディエゴ校博士研究員として運動ニューロン疾患の研究に従事。平成10年~平成11年自治医科大学医学部附属病院神経内科助手。平成11年~平成15年東京都立神経病院神経内科。平成15年~平成21年大津赤十字病院神経内科部長。平成21年京都大学医学部神経内科臨床教授。高齢化社会における在宅医療の必要性を痛感。平成22年~平成26年永生クリニック在宅管理部長。平成26年4月~新田クリニックにて在宅医療を中心に国立市の地域医療に携わっている。平成27年~東京都地域連携型認知症疾患医療センター長兼任。


在宅医療でできること

通院が困難となった患者さんのご自宅や施設に医師が訪問して医療を提供するのが在宅医療(在宅訪問診療)です。”通院が困難”というのは絶対的なものではなく、相対的なものです。通院には付き添いが必要だが人を確保できない、あるいはご家族が付き添うには”会社を休む”などの犠牲を払わなければならない、なども訪問診療の対象となります。在宅医療を提供する医師(以下、”在宅医”)に診療のすべてを一任する場合もありますが、専門医受診を続けながら(例えば3ヵ月に1回)、日々の健康管理、病状が変化した時の対応を在宅医に委ねる場合もあります。SCD・MSAのような神経難病では、疾患の経過を正しく把握するために専門医の診察継続をご希望する方も多くおられます。定期的な訪問診療で身体的・精神的な健康管理、薬剤の調整などを行いながら、24時間365日病状の変化に対応します。血液・尿検査、超音波検査、点滴治療などは在宅でも可能です。胃瘻、気管カニューレ、尿道カテーテルの交換も定期的に行います。


在宅療養を続けるためのポイント

ADL、QOLを保ったままSCD・MSAの在宅療養を続けるために重要なことが3つあります。

①骨折をしない

転倒による骨折は在宅療養を中断する大きな要因です。移動能力別にみますと、最も転倒のリスクが高いのは、介助で歩いている方です(図1)。転倒予防にはまず居住環境を整えることが重要です。床に物を置かない、ティッシュの底に滑り止めマットを付ける、手すりをつける、トイレまでの道筋を明るくするなど工夫しましょう。自分に合った装具・福祉用具を使いこなすことも大切です。運動失調の進行、起立性低血圧、夜間頻尿は転倒の危険因子ですので、主治医に相談してください。転倒の状況と骨折しやすい部位を示します(図2)。関節を動かせない、動かすと痛みが増す、腫れ・変形が強いなどは骨折や脱臼が疑われるサインです。

図1 転んだ人の割合(%)

自宅で転ばないために - 神経疾患患者さんと介護者のための転倒防止マニュアル -

図2 骨折しやすい部位

自宅で転ばないために - 神経疾患患者さんと介護者のための転倒防止マニュアル -


②誤嚥性肺炎にならない

SCD・MSAでは、多くの例で経過中に嚥下障害が出現します。誤嚥性肺炎は入院の原因にもなりますし、肺炎を契機にADLが低下することもあります。食事でむせる、食後に咳が出るなどの症状があれば嚥下機能を評価することが望まれます。病院に行って検査を受けることが難しければ、在宅医と訪問歯科医が協力してご自宅でも嚥下内視鏡検査を受けることも出来ます。多少でも嚥下障害があるときにまず注意することは、食べるときの姿勢です(図3)。食べ物の形態も重要です。“噛み砕き”で疲れないよう硬すぎないもの、一塊になりやすいもの、きめ細かいもの、滑りが良いもの、ある程度粘りけがあるもの、刺激の少ないものが適しています。一口量が多くなり過ぎず、舌の奥に入れたり、ひっくり返したりしやすいよう、小さく、薄く、平たいスプーンを使います。経口摂取が困難となった場合は“経管栄養”が必要になることがあります。経管栄養を開始する時期の目安には次のようなものがあります。

  1. 食事中のむせこみが頻回
  2. 食事量が明らかに減少
  3. 内視鏡検査で喉頭・気管への流入がある
  4. 脱水症状・低栄養状態

経管栄養については、患者さん、ご家族、信頼できる在宅医の間で、早期から話し合っておくことが重要です。


図3 食事の時の良い姿勢


③医療と介護の公的サービスを上手に使う

SCD・MSAの経過は長く、長期療養はご家族にとって大きな負担となります。決してご家族だけで抱え込むことはなさらず、社会福祉サービスを利用してください。SCD・MSAは特定疾病に認定されていて、65歳未満でも介護保険の申請が出来ますので、介護が必要な方は申請しましょう(40歳以上)。ケアマネジャーが中心となりプランを立てますので、必要なサービスを受けてください。もちろんその中には在宅医療も含まれます。


おわりに

疾患だけではなく患者さんの生活そのものに目を向け、支援するのが在宅医療です。患者さん・ご家族に寄り添うことから在宅医療は始まります。医師による訪問診療は在宅医療の基本ですが、訪問診療だけで在宅医療を支えることは出来ず、訪問看護、訪問歯科、訪問薬剤管理、訪問リハビリとの共同作業により機能を発揮することが出来ます。病院の専門医とも連携を取ることにより、より安心して在宅療養を継続することが可能となります。


参考文献
  • 自宅で転ばないために-神経疾患患者さんと介護者のための転倒防止マニュアル-
    厚生労働省「政策医療ネットワークを基盤にした神経疾患の総合的研究」班 転倒・転落研究グループ

(原稿執筆 2016年7月)